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コンペイトウ
南蛮の絵


南蛮人の絵です。  これはポルトガル人なんです(きっと)、今日は「コンペイトウ」の話です。



コンペイトウミュージアム



堺は歴史の町 兼 ユニークな町 (イルカを紹介しましたね)。

ここは長年コンペイトウの研究を続けているコンペイトウ博士によるプチ・ミュージアム!



コンペイトウミュージアム2 コンペイトウミュージアム3



コンペイトウは、戦国時代にポルトガルから伝来したお菓子で、同国菓子の総称「コンフェイト」が

語源。 日本で初めて口にしたのが織田信長!

正面には大きな釜が。


ゆっくり回転させながら、1日1mmしか大きくならない粒を約2週間かけて15mmに。




金平糖2


販売品です。

復刻版「信長の金平糖」やら「江戸時代の金平糖」も売ってました。

予約すれば手作り体験も可。




わたがし わたがし2



博士自ら、わたがしも作ってくれます(\○○○)。ここでしか味わえないフレーバーも。

でも甘い!  苦手!



途中、引き出物にするのか若いカップルも訪れていました。

なかなか奥深いもので、簡単には説明できないのが残念。

でも雰囲気わかってもらえますよね。





金平糖



いろいろな種類の金平糖がおみやげに売っています。

美しい日本の情緒あるお菓子。昔ながらの製造方法で頑張ってる人に出会い、何かホッと

しましたね。  堺にはこんな場所がまだまだありますので・・(堺市民では無いですが)


またの機会に紹介いたします(父)。



コンフェイト






「コンペイトウ食べたいわぁ~」





コンペイトウ 食べたいわ

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[2009/09/23 10:44 ] | 雑学 | コメント(2) | トラックバック(0)
惜松碑

                        大久保利通                              松


父です。いきなりの写真、誰かわかりますか?

「大久保利通」。 近代日本の基礎を作った維新の元勲の一人です。
ピンと来ない方は昨年の大河ドラマ「篤姫」で原田泰造が演じたと言えば
どうでしょうか?  浜寺公園との関係を綴ります(今日は堅い話です!)




       惜松碑



良く散歩や遊びに行く浜寺公園内に、こんな一角があります。



       惜松碑.4



惜松碑(せきしょうひ)です。



       惜松碑.2



音にきく高師の浜のはま松も   世のあだ波はのがれざりけり

 

 



             惜松碑.3

 

明治6年 開墾されかけていた名勝地「高師の浜」を訪れた大久保が、その無残な姿に対して
和歌を通じてクレームを堺県にいれたという事です。 これにより、伐採を中止し浜寺公園として
後世に残った訳ですから、我々にとってはある意味 大恩人になるんですよね。
(ちなみに前麻生総理のひいか、ひいひいおじいさんになります)




            鳳凰松


こんなに立派な松(鳳凰松)を見れるのも、大久保翁のおかげ。


「明治維新というのは、千年の名勝を荒らすだけのことなのか」こう言ったらしい。


ええ言葉やねぇ~。


後、盟友西郷さんと袂を分かちましたが、もっと評価されていい人です。




浜寺公園いいところです。  宣伝マンみたいですが、おもろいでっせ~。

こんなんもあります。

 





             消火栓



明治の頃は別荘地だったので、それを守る消火栓です (明治14年製ByUSA)。


             消火栓の説明

 

 



            

              チャコ

 

     平成製のチャコりんです。  相変わらず、土と親しんでおります。

 

 

     以上ありがとうございました、 本日の勉強会はここまでです。


[2009/09/12 18:25 ] | 雑学 | コメント(0) | トラックバック(0)
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